浜松町の過緊張・強ストレス専門サロンの岡本真由美です。
「ストレスでしょう」と言われた日から始まった、私とインディバの25年

当サロンではインディバを施術に組み込んでいますが、私とインディバの付き合いは、施術する側になるずっと前、一人の受け手として出会ったところから始まっています。原因の分からない不調に悩み、ありとあらゆる方法を試した末にたどり着いたのがインディバでした。今回は、その出会いと、私が今の施術にたどり着くまでをお話しします。
走り続けていた20代
20代の私は、会社員として働きながら、以前から好きだったファッションの仕事で独立することを目指していました。平日は会社、夜と週末は別の仕事、その合間に勉強や買い付けで海外へ。トリプルワーク、クワッドワークは当たり前で、休むという発想そのものがありませんでした。失敗はできない、立ち止まったら置いていかれる。今思えば体も気持ちもずっと張りつめたままでした。
その頃の私は今よりずっと若いのに、顔色がとにかく悪かったのです。ノーファンデで外を歩くことなど考えられず、いつもしっかりメイクをしていました。ある朝、寝坊してすっぴんのまま出社したら、上司に「どうしたの?!具合悪いの?帰りな!」と言われたこともあります。来たばかりなのに、です。
生理痛もひどく、毎月1日目は薬が効いてくるまで立ち上がれませんでした。恵比寿駅のホームやアトレ、会社の応接室などで倒れたり座り込んだりも一度や二度ではありません。それでも私は、それを体からのサインだとは思わず、痛み止めで押さえ込んで走り続けていました。

体が限界を超えた日
そんな生活を続けていた25歳のとき、お腹に原因のわからない発疹が出ました。赤くぷつぷつとしたものがお腹から胸、首、太ももへと広がり、何か月たっても消えません。そしてある日、電車の中で突然息ができなくなりました。パニック発作でした。発疹は皮膚科、パニック発作は呼吸器内科、生理痛は婦人科。症状ごとに別々の科を回り、3年の間に訪ねた病院は30か所を超えました。休日はすべて病院に行くか、次の病院を探すことに費やしていました。自己流でも色々なことを試していましたね。
最後に大学病院で皮膚の組織を取る検査まで受けて、告げられたのは「特に何も検出されませんでした。ストレスによる一時的な症状でしょう」という言葉でした。当時の私は、その一言に正直がっかりしました。これだけ手を尽くして、答えはストレスなのかと・・・おかしいですが何か病名が付くことを期待していたようなところがありました。けれど今振り返ると、あの言葉はまさに正しかったのだと思います。私に起きていたことの根っこは、確かにそこにあったのです。
ありとあらゆることを試した日々
病院で原因がはっきりしないと分かってから、私は自分の体を立て直す方法を、自分で探し始めました。鍼、漢方、ホメオパシー、気功、エネルギーワーク、レーザー、フラワーレメディ、サプリメント。本を買い込み、講座に通い、良いと聞いたものは片っ端から試しました。
どれも真剣に向き合いましたが、私の体がはっきり変わったと感じられたものは多くはありませんでした。そのなかで、確かな手応えがあったのが二つ。一つがインディバ、もう一つが解剖学をもとにしたメディカルマッサージでした。
インディバとの出会い
2000年頃のインディバは、今ほど知られた存在ではありませんでした。スペインで生まれた高周波の機器で、体の中のイオンを動かし、その抵抗で生まれる熱(ジュール熱)によって、体の内側から温めるものだと聞き、試しに一度受けてみようと思いました。ところが、最初に行ったサロンは5回セットでしか受けられないところで、少し迷いながら申し込んだのを覚えています。結果的には、それが正解でした。
1回目は、温かくて気持ちがいいし眠くなるかな、というくらいの感想でした。変化をはっきり感じたのは3回目のあとです。帰りに恵比寿の駅ビルに寄り、何気なくお店の鏡を見たとき、ノーファンデなのに自分の顔が内側から明るく見えて、思わず二度見しました。あれほど悪かった顔色が、別人のようだったのです。これまでノーファンデの時は病人扱いされるのが当たり前だったので、人が多いところは逃げるように帰っていました。気をよくしてつい、帽子を買って帰ってしまったのを覚えています。
そしてその月、私の場合はあれほど毎月薬が手放せなかった生理痛が、驚くほど軽く済みました。これは何かが違う、と思った瞬間でした。
冷えと過緊張、根っこは一つ
インディバやマッサージを受けながら学びを深めるうちに、私はようやく自分の体に起きていたことが分かってきました。私は、ひどく冷えていたのです。
ただ、それは単なる冷え性ではありませんでした。失敗できない、休めない、立ち止まれない。元来の性格もありそんな張りつめた状態のまま何年も突っ走り、体は構えたまま緩むことを忘れていました。緊張が冷えを生み、冷えがさらに体を固くする。顔色の悪さも、生理痛も、発疹も、発作も、ばらばらに見えて、根っこは一つだったのだと思います。今の言葉で言えば、過緊張・強ストレスの状態を、何年も放置していたのです。
私はそこから3年間、独立の夢をいったん手放し、体を立て直すことを優先しました。そして本格的な学びを始めます。解剖学をもとにリメディアルセラピーの考えに共感し、スウェディッシュマッサージ、ディープティシュー、筋膜リリースなどを学び始めました。
予防という考え方に出会う
学びの過程で、もう一つ大きな出会いがありました。オーストラリアをはじめとする海外では、体が壊れてから治すのではなく、壊れる前に整えるという考え方が、日本よりずっと根づいていることを知ったのです。解剖学をもとにしたマッサージが、予防のための当たり前の手段として受け入れられている。その考え方に強く惹かれたことが、のちに私がオーストラリア政府認定のセラピストの資格を取るきっかけになりました。
受け手から、施術する側へ
インディバはその後も受け続け、妊娠・出産で休んだ時期をのぞけば、今年で25年目になります。2016年に1台目のインディバ、ER42を導入。そして2021年には出力2倍のER200を導入して2台体制に。そして今、浜松町で過緊張・強ストレスに特化したプライベートサロンを営んでいます。
周りの人にインディバを施術し始めていくうち、かつての私と同じように、体のサインを見過ごしたまま走り続けている人がとても多いことに気づきました。過緊張・強ストレスから発せられるサインは一人一人全く違います。疲れると目から涙と目やにが止まらなくなる人や、白目が真っ赤になる人、顔にプツプツ出てくる人、鬱っぽくなる人、薬がないと眠りに入れなくなる人など様々です。
だから私のサロンでは、インディバを施術の一部として組み込み、様々な手技と組み合わせて、過緊張・強ストレスの状態そのものから体をほどいていきます。頑張れる人ほど、崩れる前に気づいてほしい。25年前の私に伝えたかったことを、今、サロンに来てくださる方に伝え続けています。
インディバの仕組みや当サロンでの使い方については「インディバについて」、過緊張・強ストレスについては「過緊張・強ストレスとは」にまとめています。