浜松町の過緊張・強ストレス専門サロンの岡本真由美です。
浜松町サロンの中の、静と動。アンティークの南部鉄器

京都で茶道を教えていた大叔母から譲り受けた、昭和初期の南部鉄器の鉄瓶が、浜松町のサロンにやってきました。この鉄瓶にまつわる思い出と、「動」が過多になりがちな方をお迎えするサロンの空間に、あえて「静」を置く理由について綴ります。
浜松町のサロンへやってきた、昭和初期の南部鉄器
私の父の叔母(大叔母)は茶道家でした。京都の自宅でお茶とお花の教室をしていて、礼儀作法にとても厳しい人でした。
お盆に祖父の家に帰省し、過ごしていると裏の砂利道を歩く音がする。この音だけで私と妹は緊張したものです。
そっと窓を見ると着物姿の大叔母がカートを引きながら顔を出して、私たち姉妹を見つけると「お菓子をあげるからおいで」と言う。(たいていは子供が喜ばないような昭和感あふれるお菓子だったり・・・)
受ける時のマナーも厳しく、手の出し方や頭の下げ方までよく注意されました。
亡くなってからお茶やお花のお道具を形見分けされたものの一つが、この南部鉄器の鉄瓶です。

かなり古いもので、調べたのですが正確なメーカーさんはわかりませんでした。昭和初期のものであるのは間違いないようです。
私は南部鉄器が好きで、岩鋳さんの鉄瓶のほか、鉄急須も持っています。もともとは貧血について調べていて、鉄瓶を取り入れようというのがきっかけでした。そのうち南部鉄器のデザインにも興味を持って、一時、岩手県まで南部鉄器を見にいくプチ旅行に行こうかと思ったこともありました。(今のところまだ実現できていませんが)
ただ、この大叔母の鉄瓶の経年の風合いは、今販売されているものでは出せないものです。
粗い鋳肌と、梅の花をかたどった蓋。少し角張った胴体。あまり見ないデザインだと思います。少し傾いて緩くなった蓋の取っ手も、長く使われてきた独特の味があって気に入っています。
右に少し写っているのは同じく大叔母から譲り受けた、茶道具の一つで羽ぼうきです。
浜松町の、静と動
茶道の道具は、ひとつひとつに趣があります。静かで、ゆっくりした時間の流れる世界です。
一方で、浜松町のような都心で働いていると一日があっという間です。サロンでも、月に一度お会いするお客様と「もうひと月経ちました?」「昨日会ったばかりのような気がするのに」という会話を毎回しています。
人間の体ができあがってからの時間と、この生活スタイルになってからの時間を比べると、どう考えても釣り合いません。一日中なにかしらのタスクに追われている状態に、体や脳のほうが追いついていない。
過緊張や強ストレス状態などからくる色々な不調が出るのも当然だと感じてしまいます。
駅もオフィスも、ピリピリ。歩いてるだけで疲れる。
私自身は東京で育ったため、子供の頃に毎夏を過ごした京都の田舎は、明らかに違う時間が流れています。特にふとした時に感じる匂い。湿った土のような、なんとも言えない田舎の匂いです。
流れる時間がゆっくりで、力が抜けていく。
視覚で感じる、静
サロンに来店されるクライアントは、ほとんどが「動」が過多気味の方ばかりです。夜勤明け、徹夜明け、「目がバキバキです」と言いながら入って来られる方も珍しくない。
そんな人が、ふと目に入る情報は、「静」でありたい。
そういう意味で京都の田舎から東京の中心、浜松町にやってきた大叔母の南部鉄器です。